更新報告

【更新】元自衛官の四国遍路ぎゃーてい、51番~54番札所をアップしました!

どうも、ひだりゅー(@dakahi3776)です。

姉妹サイト「元自衛官の四国お遍路案内 ぎゃーていぎゃーてい」の更新した51番札所~54番札所までの合計5記事をこの場を借りて紹介します。

四国を代表するカオススポット、51番札所「石手寺」もリストの中に入っていますので、ぜひぜひ見て欲しいところです!

では、どうぞ~

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51番札所 石手寺【前編】絶品やきもち!大師堂にはあの落書きが?

石手寺のみっきー

【記事はこちら】

四国遍路の第1号と言われる衛門三郎の輪廻転生に関するお寺。

道後温泉からも近く、国宝含む多くの貴重な建築物や、マントラ洞窟みたいなちょっと怪しい施設などの存在からミシュランガイドの一つ星を獲得した迷スポットでもあります。

具体的には、国宝指定された山門前の元自衛官を完全否定する文章がデカデカと書かれていたり、大師堂ころ落書き堂には世界一著作権にうるさいネズミさんの落書きなど、はっちゃかめっちゃかな場所です。

そんな喧騒の中でも、石手寺名物「やきもち」は、米が焼けた香ばしい香りと男性でも食べられる程よい甘さとが旅の疲れを癒やしてくれますので、ぜひオススメです!

51番札所 石手寺【後編】超怖いマントラ洞窟w見所満載のカオススポット!

マントラ洞窟

【記事はこちら】

 

怪しさやスリル満点のマントラ洞窟や四国八十八箇所霊場のお砂踏みが出来る三重塔。

そして、インドグランプリ作家が造った石の仏像・・・

石手寺の見どころはまだまだあります!

ということで、この記事は前回に続いて、石手寺の魅力を伝えていく後編となっています。

52番札所 太山寺(愛媛県松山市)|一夜建立伝説が残る国宝・本堂

国宝の本堂

【記事はこちら】

飛鳥時代、大分の大富豪である真野の長者が、商いのため船で大阪に向かうとき大暴風雨に遭い、長者が平素から信仰する観音に無事を祈願したところ、山頂から光が差し嵐が静まり、無事高浜の港に着岸しました。

長者は、これに深く感謝し感謝し、礼を尽くすため一夜にして間口66尺、奥行き81尺の立派な本堂を建立したという伝説が残っているお寺。

このお堂は現代では残っておりませんが、それでも鎌倉時代後期、1305年に伊予国の守護だった河野氏によって再建された本堂は今なお残っており、国宝に指定されています。

その他、参道に3つの山門が並んでいたり、納経所から本堂までの距離が離れていたりとかなり変わった独特の霊場となっています。

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53番札所 円明寺(愛媛県松山市)|隠れキリシタンを黙認した優しいお寺

キリシタン灯籠

【記事はこちら】

キリシタン禁制の時代、愛媛県には「隠れキリシタン」が数多く存在していたといわれています。

「和気の円明さん」こと円明寺は、江戸時代には弾圧される隠れキリシタンをあたたかく見守っていた優しいお寺でした。

写真のキリシタン灯籠はその信仰に使われていたという説が残っています。

大正13年(1921年)3月、四国遍路をしていたとあるアメリカ人が円明寺の本尊・阿弥陀如来像を安置している厨子に四国霊場最古の銅板納札が打ち付けてあったのを発見しました。

この納札には、歴史上初めて「遍路」の文字が記されていることなどから、その歴史的価値は非常に高いものであり、現在もなお円明寺にて大切に保管されています。

54番札所 延命寺(愛媛県今治市)|何度も火災から逃れた火伏せ不動尊

延命寺

【記事はこちら】

元々は「圓明寺」という名前でしたが、同じ寺名の五十三番・圓明寺(松山市)との間違いが多く、江戸時代から俗称としてきた「延命寺」に改められたという変わった経歴の持ち主。

2つある山門の一つは、明治初期の今治城取り壊しの際に城門の一つを譲り受けたもの。

また、延命寺の本尊は、再三の火災から無傷で逃れていることから「火伏せ不動尊」と呼ばれています。

終わりに

以上が、姉妹サイト「元自衛官の四国遍路 ぎゃーてい」の更新報告となります。

今のところ、5月中は1日1件ペースで記事を書けているのですが、明日はサバゲーに行くのでちゃんと記事が書けるかビミョー

まっ、他の休日で補えばいいか!

明日はサバゲー楽しむぞ~

by.ひだりゅー

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