それはとても奇妙な話であった。
教訓も隠喩も無い。ただただ奇妙なのである。
今から3年前の春、友人の結婚式に参加するべく中国まで足を伸ばしていた。
結婚式は無事に終了し、僕は上海中心街にあるホテルの一室で新郎らとヒマワリの種をツマミに酒を煽っていた。
中国のスリル溢れるちょっとした冒険の熱が冷めなかった僕らは全然眠れず、アルコールはどんどん量が増していくばかり。
そんな時、友達のWがおもむろに話し出した・・・。
奇妙な物語
「昔インドに一人旅行に行った時の話なんやけどさ、俺がガンジス川のほとりを一人で歩いていたら
『やい、臆病者のジャップ』
って、オッサンに英語で絡まれたんよ。
最初は、無視しようと思って横を通り抜けようとしたんやけど、オッサンは俺の腕を掴んでニヤニヤ笑いながら
『言葉がわからんのか?馬鹿ジャップ』
って、罵ってきたちゃん。
俺は、めっちゃ悔しくなって
『俺は日本人だが、臆病者でも馬鹿でもねぇ!』
って、英語で怒鳴りつけたら、オッサンは笑いながら
『臆病者じゃねぇなら、泳いでこのガンジス川の向こう岸まで行ってこい』
『ここらへんのカ○ワ野郎でもそれぐらい軽くこなすぜ』
と煽ってきやがったんよ。
俺は負けじと
『OK、行ってやるよ!ちゃんと見とけよファッ○ンジジイ!』
と叫んで、その場で上着を脱いで、汚ったねぇガンジス川に飛び込んでやった。
まあ、今となってはアホなことしたなぁって思うんやけど、そんときは頭に血が上りすぎてて冷静じゃなかったんよね。
俺さ、日本のことめっちゃ好きやし。
それにざっと見た感じ川幅は500mくらいやったから根性で向こう岸まで行けるって思ってたんよ。
泳ぎは昔から得意やったしな。
水は本当に汚かったんやけど、流れは割とゆっくりしとったから、河のちょうど半分地点までは何も苦労なく泳げた。
『あと半分や』
そう意気込んだまさにその時やった。
左足に違和感を感じたんよ。
なんか柔らかいゴムみたいなものが脚にまとわりついてる感覚があったんさ。
最初はゴミが引っかかったんかと思って、立ち泳ぎして脚をバタバタさせた。
けど全く解けんから、足に着いたものを左手で取って水面近くまで持ち上げたんよ。
驚いた。
それは赤ん坊の屍体やった。
俺はそれを見た瞬間、『ヤバい』と思って、死体を離して急いで元の岸辺へと泳いで引き返した。
途中、慌ててたから泳ぎながら川の水を何度か飲んだけど、全く汚いとも思わなかったわ。
そんなことよりもまだ死にたくなかったっちゃん。
なんつーか、あの時、俺はあの赤ん坊に呪い殺されるって思ってた、マジで。
出典:?時蠅は矢を好む:Time Flies Like an Arrow
死に物狂いで岸辺へとたどり着いた時、俺の周りに人だかりが出来とった。
さっきの俺を煽ったオッサンは渋い顔で
『やっぱりお前は臆病者で根性なしの玉無し野郎だな!』
と吐き捨て、まわりの人間に小銭を渡しとった。
どうやら、俺が向こう岸まで泳ぎきれるかどうかを賭けていたらしい。
俺は、呼吸が落ち着くまで待って、先程、河の中間で起こった出来事をオッサン達に話した。
すると、その場のみんなの顔色が凍りついた。
しばらくの沈黙の後、オッサンは真剣な顔つきで
『お前はその赤ん坊に助けられたんだ』
って、俺に言ってきた。
どうやら、ここの反対側の岸辺は死者の魂が集まる呪われた土地であるらしく、あの緑色の赤ん坊は、俺が向こう岸まで行って呪われないように脚を掴んで止めに入ってくれたんやって。
そこまでの話を聞いた俺はその場にうずくまって、ゲロを吐いちまった。
さっき飲み込んだ汚ねぇ水がマーライオンみたいに口から出てきて、吐くもん出し切ったら今度はめっちゃやばい寒気に襲われた。
『おい、日本人!大丈夫か?』
俺は、そん時ホテルに帰ればなんとかなるって思って、
『駅へ・・・駅へ連れてってくれ・・・』
って、震えながら頼んだ。
『OK!わかったよ親友!』
オッサンはそう言って、仲間と数人がかりで俺を担いで駅まで連れてってくれたっちゃん。
出典:暇は無味無臭の劇薬
『ありがとう、オッサン』
電車に乗っけられた俺は、おっさんに深々とお礼を言った。
『なあに気にすんなよ、おっとこれは情報料と運賃代わりに貰ってくぜ!』
そう言うと、おっさんは俺のズボンのポケットから財布を取り出してまるごと持っていきやがった。
取り返そうにも、電車は次の駅へとゆっくりと進みだして、おっさんたちは走ってどっかに消えていった。
結局ホテルに帰りつけたし、大した病気も無かったけど、ありゃ本当に散々な一日だったわ、本当に・・・」
Wは、ここまで話し切るとビールを一口つけて、テーブルに戻した。
僕は、インドのダークサイドと目の前に居る語り手の物凄い勇気に対し、言葉を失っていた。
一緒に居た新郎は話を全部聞いた後、ビールを一気飲みしてゲラゲラと大爆笑していた。
by.日高 隆治
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